大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

札幌地方裁判所 昭和29年(ワ)108号 判決

原告 村端忠

被告 国

訴訟代理人 林倫正 外四名

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

原告訴訟代理人は、「被告は原告に対し金六十一万八千百六十円およびこれに対する昭和二十九年二月二十八日から完済まで年五分の割合による金員を支払え。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決ならびに担保を条件とする仮執行の宣言を求め、その請求の原因として、次のとおり述べた。

一、別紙目録記載の土地(以下本件土地という。)は、元原告の所有で昭和十八年九月頃当時満州に居住していた原告が訴外山田伊作に賃貸した土地の一部であるが、原告が同地を引き揚げて帰住するときはその年の収穫の終り次第返還して貰う約束であつた。その後原告が帰住したにもかかわらず同訴外人は右の賃貸土地全部の返還に応じないので、昭和二十一年二月十七日同訴外人を相手として札幌地方裁判所に右土地の明渡を求める小作調停の申立をしたところ、同年四月十五日調停が成立し、右の賃貸借契約を解約し、同訴外人は原告に対し即時右の賃貸土地のうち本件土地を除くその余の部分を返還し、原告は昭和二十二年十二月三十一日まで本件土地の明渡を猶予する旨が定められた、ところで、右の小作調停による賃貸借の合意解約は調停成立と同時にその効力を生じ、別に札幌市農地委員会の承認または北海道知事の許可を要しないのであるから、本件土地の賃貸借は昭和二十二年十二月三十一日限り消滅したのである。

二、しかるに、札幌市農地委員会(以下市農地委員会という。)は、昭和二十三年六月三十日会長福島利雄ほか委員八名出席(一名欠席)の同委員会会議において、全員一致で本件土地につき自作農創設特別措置法(以下自創法という。)第三条第一項第三号による農地貿収計画を樹立した。そこで原告は、右の買収計画につき北海道農地委員会(以下道農地委員会という。)に対し訴願を提起したところ、同委員会会長北海道知事田中敏文ほか十名の委員は昭和二十四年七月一日の同委員会会議において、多数決により右の訴願を棄却する裁決をしたので、原告は同二十四年道農地委員会を被告として札幌地方裁判所に対し右の裁決および買収計画取消の行政訴訟を提起した。その結果同二十六年二月二十七日原告勝訴の判決があり、これに対する道農地委員会の控訴に対しても棄却の判決があり、同二十七年一月十日道農地委員会の上告取下により原告勝訴の判決が確定し、本件土地は原告に返還された。

三、ところが、自創法による農地買収は国家が週民に対し公権力を発動して行うところの典型的な支配関係であり、市町村農地委員会および都道府県農地委員会は、いずれも国の行政機関として自創法所定の一連の段階的手続においてそれぞれその一部を担当し、独立して国家意思を決定し、これを外部に公表して買収の効果を完成しているのであるから、市町村農地委員会および都道府県農地委員会の各委員は、いずれも国の公権力の行使にあたる公務員というべきである、しかして、国民の財産の処分という重大な職責を有する各農地委員会の委員が、当時農地賃貸借の合意解約につき市町村農地委員会の承認または都道府県知事の許可を要しないことを知らないはずはないし、もしこれを知らなかつたとすれば、それは全く不注意によるものである。

しかるに本件の場合、市農地委員会および道農地委員会の前記各委員は、農地買収に関する職務を執行するにあたり、本件土地の賃貸借が前記小作調停により昭和二十二年十二月末日限り消滅し、以後訴外山田は何らの権限なくしてこれを占拠しているものであることを知りながら、あるいは不注意によりこれを認識しないで、あえて本件買収計画を樹立し、さらに原告の訴願を棄却したのである。

四、原告は、市農地委員会および道農地委員会の各委員の右の違法な行政処分により昭和二十三年から同二十六年まで本件土地の耕作権を侵害され、昭和二十三年度十九万六千八十円(りんご十六万八千円、雑穀二万八千八十円)、同二十四年度十六万四千五百八十円(りんご十三万六千五百円、雑穀二万八千八十円)、同二十五年度十三万五干円(りんご七万二千円、雑穀六万三千円)、同二十六年度十二万二千五百円(りんご五万五千円、雑穀六万七千五百円)、合計六十一万八千百六十円相当の収穫を得ることができず、同額の損害を被つた。

五、右損害は、国の公権力の行使にあたる市農地委員会および道農地委員会の各委員が、その職務を行うについて故意または過失により違法に原告の耕作権を侵害した結果生じたものであるから、国はこれを賠償する義務がある。

よつて、原告は被告に対し右損害金およびこれに対する昭和二十九年二月二十八日から完済まで年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

被告指定代理人は、主文同旨の判決を求め、その答弁として次のとおり述べた。

一、原告主張の事実中

一の事実につき、原告が本件土地をその余の土地とともに訴外山田に賃貸していたところ、昭和二十一年四月十五日札幌地方裁判所において原告と同訴外人との間に小作調停が成立したことは認めるが、右の小作調停の内容は不知、その余の事実は否認する。

二の事実は認める。

三ないし五の事実は争う。

二、公務員の公権力の行使が適法であるかどうかの判断は極めて微妙で、終局的には裁判所の判断によつて決せられるのであるが、政策上極めて短期間に行政処分をすることが要求されているような場合、公権力の行使にあたる公務員が尽すべき注意を尽した上で適法なりと判断して右の処分をしたときは、かりにその判断が裁判所の見解と異なるところがあつたとしても、それはやむを得ないところであり、これをもなお過失とすることは、行政処分の自潰を意味し、まことに失当といわなければならない。

ところで、本件小作調停成立当時施行の農地調整法第九条第三項にいわゆる賃貸借の解約が合意解約を含むかどうかについては、法文上明らかでなく、むしろ当時は農地調整法の立法の趣旨にかんがみ、当事者の合意が土地取上制限の趣旨に反しないかどうかを確かめるため、予め地方長官の許可を要するものと解するのが相当であるとされており、判例や学説も、昭和二十六年三月八日の最高裁判所の判決において、昭和二十二年法律第二百四十号による農地調整法改正以前の合意解約については、同法第九条第三項による知事の許可を要しないとの解釈が確立されるまでは、同様の見解をとつていたのである。

されば本件の場合、市農地委員会および道農地委員会の各委員が本件土地の買収計画樹立ならびに訴願裁決にあたり、原告と訴外山田との間の小作契約の合意解約につき北海道知事の許可を要するものと判断したのは、まことに無理からぬことであり、故意はもとより過失の見るべきものはなかつたといわなければならない。

三、かりに被告に損害賠償の責任があるとしても、原告主張の損害額のうち、りんご裁培の期待利益の喪失による損害額は、昭和二十三年から同二十六年まで本件土地を現実に耕作していた訴外仙田の得た純益をもつて通常生ずべき損害額と考えるべきところ、同人がりんご栽培により現実に得た純益は、昭和二十三年度八万一千二十円、同二十四年度四万三千五十円、同二十五年度六万七百三円、同二十六年度七万五千円、合計二十五万九千七百七十三円にすぎないから、原告の損害は右の額を超えるものでない。

証拠〈省略〉

理由

一、原告が本件土地をその余の土地とともに訴外山田に賃貸していたところ、右土地につき昭和二十一年四月十五日札幌地方裁判所において原告と同訴外人との間に小作調停が成立したこと、同二十三年六月三十日市農地委員会が、同委員会会長福島利雄ほか八名(一名欠席〕出席の委員会において、全員一致で本件土地につき原告主張の買収計画を樹立したこと、原告が右の買収計画につき道農地委員会に対し訴願を提起したところ、同二十四年七月一日の同委員会会議において多数決により訴願棄却の裁決をしたこと、原告がその後道農地委員会を被告として札幌地方裁判所に対し右の買収計画および訴願裁決の取消を求める行政訴訟を提起したところ、原告勝訴の判決があり、さらに札幌高等裁判所において右の判決に対する道農地委員会の控訴は棄却され、昭和二十七年一月十日道農地委員会の上告取下により右の判決が確定し、本件土地が原告に返還されたことは、当事者間に争いがない。

二、成立に争いのない甲第一号証および原告本人尋問の結果を総合すると、昭和二十一年四月十五日の前記小作調停において当事者双方は、本件土地およびその余の土地に対する賃貸借契約を合意解約し、訴外山田は本件土地以外の土地を即時原告に返還し、原告は同二十二年十二月末日まで本件土地の返還を猶予する旨の調停が成立したが、訴外山田は右の猶予期間が経過しても本件土地を原告に明け渡さなかつたことが認められる。ところで、右の調停が成立した昭和二十一年四月十五日当時に施行されていた農地調整法第九条第三項によれば、農地の賃貸借を合意解約するには市町村農地委員会の承認または都道府県知事の許可を要しなかつたのであるから、右の合意解約は有効であり、したがつて、本件土地の賃貸借は前同日限り消滅し、前記明渡猶予期間の経過した昭和二十三年一月一日以後は、訴外山田は何らの権限もなく本件土地を占拠していたことになるので、これを自創法第三条第一項第三号の小作地として買収計画を定めた市農地委員会の処分は違法であり、したがつてまた、右の処分を認容して原告の訴願を棄却した道農地委員会の処分も違法であるといわなければならない。

三、ところで、市町村農地委員会および都道府県農地委員会は、主務大臣および地方長官の監督に服し農地調整法その他の法律によりその権限に属せしめられた事項を処理するのであるから、右の各委員会を構成する各委員はその職務を行うについては公務員と認むべきところ、原告は、市農地委員会および道農地委員会の委員が、本件土地につき買収計画を樹立すべきでないことを知りあるいは不注意によりこれを認識しないで、本件買収計画を樹立しあるいは原告の訴願を棄却したのであるから、国は原告が右の違法な行政処分により被つた損害を賠償する義務があると主張するけれども、右の各委員らに原告主張のような故意があつたことについては、これを認めるに足りる証拠はない。

そこで、右の各委員らに過失があつたかどうかについて考える。

成立に争いのない乙第二号証および地方長官にあてた第二次農地制度改革に関する件と題する通達(昭和二十二年一月六日附農政第三一〇七号)は、農地調整法(前記小作調停成立当時施行の)第九条第三項にいわゆる農地賃貸借の解約について、合意による解約も地方長官の許可を得なければ効力を生じないと解するのが農地改革の精神からみて当然であつて、小作調停による場合でも必ず地方長官の許可を受けることを効力発生の条件とする旨が調停条項の中に挿入されるべき旨を指示していること、右の通達に基き北海道農地部では、合意による農地の賃貸借の解約についても、知事の許可を要するものとして処理していたことが認められる。

ところで、元来契約の解除または解約とは一方的意思表示で契約を解消させることをいい、当事者の合意による解約はこれを含まないのであるから、右の農林次官の通達は前示法文の解釈を誤つたものというべきである。しかしながら、昭和二十六年三月八日の最高裁判所の判決がなされるまでは、右の通達は、関係下部機関の事務処理の基準となつていたものであり、かつ、当時これと同一の見解に立つ学説および判例もあり、また当時は農地法の立法趣旨が一般に十分徹底せず土地取上の事例が相当あつたので、政府が農地の取上を制限し農地改革の目的を達成するため、農地の賃貸借の合意解約についても予め市町村農地委員会の承認または地方長官の許可を要する旨の行政指導をしていたことは、当裁判所に顕著な事実である。右のような事情の下においては、市町村農地委員会および都道府県農地委員会が、その事務処理にあたり主務官庁の右の通達に従うのは当然であり、その通達と異なる判断をみずから下すようなことは期待しがたいところである。

したがつて、市農地委員会および道農地委員会の各委員が本件買収計画および訴願につき議決するにあたり、不注意により本件土地につき買収計画を樹立すべきでないことを認識しなかつたとは到底考えられないし、その他本件にあらわれた全立証によつても、同委員らに過失があつたとするに足りる事実は認められない。

四、すると、本件買収計画樹立および訴願裁決につき、市農地委員会および道農地委員会の各委員に故意または過失の存したことを前提とする原告の請求は、その余の点につき判断するまでもなく失当として棄却をまぬがれない。

よつて、原告の請求を棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八十九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 外山四郎 田中良二 徳松巌)

目録〈省略〉

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例